モノの価値について考えてみた話

こんにちは!シャチョーです٩( ‘ω’ )و

 

突然ですが、皆さんは家で飲むお茶ってどうしてますか?

家で沸かしたり、買ってきたり、そもそも飲まないっていうのもありますかね?

 

私もカワイさんもお茶が好きでよく飲むんですが、家では沸かさないのでいつも買ってきたお茶を飲んでいます。

 

で、最近ふと思ったんですが、なぜかいつも、ほぼ無意識に、コンビニでペットボトルのお茶を買ってたんですね。

思い返してみたら、学生の頃は友達の家に遊びに行ったりする時は大抵、紙パックのお茶を買ってたなぁと。

学生の頃なんてお金も全然なかったから、安くて沢山入ってる紙パックのお茶以外の選択肢がなかったのに

大人になってからは、毎回無意識にペットボトルのお茶を買うことが多くなっていたんですよね。

大して味がわかるわけでも変わるわけでもないし、持ち運ぶこともないのに、なんでわざわざ少なくて高いお茶を買うようになったんかなぁ〜。

そう思うようになってからはまた紙パックのお茶を買うようになったんですが、ちょっとした謎は残ったままです。

 

あと、私は髪が傷みまくってボサボサなので、お風呂上がりは必ずオイルトリートメントを使うんです。

で、今まではなんか良さそうな、ちょっとお高めのトリートメントを使っていたんですが、先日ドン・キホーテに行った時に

いつも使っているトリートメントの半額以下の別の商品がふと目に入ったんです。

成分を見比べてみたら、今使っているものとほとんど同じ成分でできている商品だったので試しに買ってみました。

確かに使い心地も仕上がりも変わらない(わからないというのもあるかも)んですよね。

 

「安かろう悪かろう」の価値観が人生のどこかのタイミングで根付いてしまったのか・・・?

無意識に高いもの、良さそうに見えるものを選んでる時があるなぁと思いました。

当たり前ですが全てのものが安いものは悪いもの、高いものは良いものと決まっているわけじゃないですよね。

その逆も然りだし、安いものも高いものも、どちらも遜色ないものもあります。

でもトリートメントの話でいえば、いつも使っている高いものとほぼ同じ成分が入っている安いものを選んだ時点で

いつも使っている高いものが私の中の「いいモノ」の基準になっているわけだから、まだまだこれは、高いものはいいものという意識が抜けてないなぁと思うわけです。(その商品は確かによかったと思うんですが)

もっともっと、自分にとって必要なものを自分にとっての適正価格の範囲内で、本質的な価値を見抜いて選んでいく力が必要だなぁと感じます。

となると、成分ひとつひとつの効能を調べたりしないといけないわけですから大変です。

大変だから、「高いものはいいものだろう」と考えることで、調べる手間を省く、思考が停止している状態なのかも・・・と思った次第です。

もちろん、高いものにはいいものが多いんですけど。

 

お茶の話もこれと同じかもしれません。

確かにお茶は、緑茶・麦茶・ウーロン茶などいろんな種類があって、その中でも新茶とか濃いめとかトクホとかいろんな付加価値がついて様々な値段で売られています。

その付加価値を求めて買うなら、それは紙パックのお茶では得られないものなので仕方ないですが

私みたいに無意識に、選ぶわけでもなくペットボトルのお茶を買うというのは金銭的にも思考的にもよろしくないですよね。

モノで溢れる豊かな時代だからこそ、何にしてももっと慎重に丁寧に選択しないとなぁと思います٩( ‘ω’ )و

 

 

逆に言えば、同じようなモノでも倍以上の値段設定ができる付加価値がつけられるというのも凄いことですよね。

商品のモノの価値以外に目に見えない価値を創造して、そこにも金額をつけて売るんですから、高級ブランドなんかはやっぱり凄いなぁと思います。

いい素材を使っていいモノを作るより難しいことなんじゃないかなぁ。

でも、お商売をするからには、モノが良いのは当たり前で、付加価値の部分をどれだけ追求するのかが大事なんでしょうね。

 

 

また何の話かわからない話を長々としてしまいましたがw

最近思ったこと!でした〜٩( ‘ω’ )و

 

最後までご覧いただきありがとうございました( ^ω^ )